豊平館の誕生

豊平館の誕生

大通には、1957年(昭和32年)に中島公園に移築されるまで、かつて豊平館がありました。大通といっても、現在のNHKや市民ホールのある一角ですが、前庭は大きく前に張り出しており、テレビ塔のあたりまで広がっていたようです。

豊平館は1880年(明治13年)に「官設洋造ホテル」として建設されましたが、翌年に明治天皇の行在(あんざい)所になったように、皇室や貴族、政府高官の来道の際の宿泊施設として利用されています。また様々な集会や宴会など、まさにホテルとしての機能を果たす重要な役割を持っていたのです。
 
 
 
もう一つ忘れていけないことは、ホテルの前庭の造成はお雇い外国人の一人であったルイス・ベーマーが当たり、わが国の造園史でも画期的な洋風庭園を作り上げていたのです。しかもベーマーの助手として活躍したのは、現在の天使病院あたりに『東皐園(とうこうえん)』を開く上島(かみしま)正でした。なだらかな芝生の起伏、雲形定規のような曲線の園路によって構成された洋風庭園は、「洋造ホテル」と相まって、札幌の町の異国情緒を醸しだしていったように思えるのです。

しかし、建物は中島公園に移築されましたが、その庭園は顧みられることなく埋め立てられてしまい、現在の豊平館の前には再現されませんでした。建物は重要文化財に指定されていましたが、本来それと一帯の庭園部分は一顧だにされなかったのは本当に残念なことだと思います。

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監修:(有)緑花計画 笠康三郎

(参考:さっぽろ文庫「豊平館・清華亭」札幌市教育委員会、北海道新聞社、1980)

目次一覧

  1. 大通公園の歴史と植物トップ
  2. 札幌の町の誕生
  3. 火防線から後志通、そして大通
  4. 大通(後志通の土地利用の変化
  5. 鯨の森
  6. 豊平館の誕生
  7. 豊平館のなごり
  8. 大通花壇史(その1)
  9. 大通花壇史(その2)
  10. 大通花壇史(その3)